ホロヴィッツ・イン・ハンブルク ラスト・コンサート

napimusic2008-06-05

このCDを偶然CD店で見かけた時には文字通り息が止まりそうになった。
1987年6月21日ハンブルク、ムジークハレでの録音。
間違いない、僕が最後に生でホロヴィッツを聞いた時の録音だ!!この時が僕にとって、だけではなくて世界にとってホロヴィッツの最後のコンサートだったなんて知らなかった。
ホロヴィッツは確か一年くらい前にもモスクワからのヨーロッパツアーをやってこの時のハンブルク公演は超絶的だった。その後のベルリン公演がラジオで放送されたけど、ハンブルクでの絶好調ぶりとはやや異なる安全運転でちょっとがっかりしたものだった。
そもそもホロヴィッツハンブルクという街と非常に縁が深い。若かりし頃初めてロシアを離れて最初にベルリンにやってきたのだが、そこでは殆ど認められず、たまたまその後ハンブルクにやってきた時にチャイコフスキーのピアノ協奏曲を弾くはずだったピアニストが突然キャンセルして、全くのノンリハーサルでホロヴィッツが代役を勤めたのだ。この時のセンセーショナルな成功によって彼はヨーロッパでの地位を固めていく。
そんな過去があるからホロヴィッツハンブルクに来るたびにご機嫌そうに昔のエピソードを語っていた。86年の演奏は自分でも満足だったのだろう、87年コンサート前日に行われたインタビューでも「私はここに来るたびに最高の演奏をするから、明日も最高のものになるだろう」と言っていた。僕は確かチケットを買っていなかったのだが、このインタビューをラジオで聞いてどうしても行きたくなり当日会場でチケットを探して(向こうでは開演前のホールで「Suche eine Karte(チケット求む!)」のカードをかざしているだけで結構チケットは手に入る)ドキドキしながらホールの中に入っていった。

ところが・・・・そこから先をあまり良く覚えていない(笑)。寝ていた訳ではない。しっかりと聞いていたはずなのに、あんまり良く覚えていない。ただいくつかの瞬間だけ明確に覚えている。

プログラム最後の「英雄ポロネーズ」、もうボロボロで止まってしまうのでは?と心配になるくらいの演奏。会場全体が「どうか最後まで無事に弾けますように」と祈っているかのような、でも悲惨な感じではなくてなんかニコニコしてしまう雰囲気。そして無事(?)終わった時のマエストロの本当にホッと胸をなでおろすような仕草に、聴衆全員が心からの喝采を送っている場面。

アンコールは何やるんだろう?これ以上技巧的な曲弾くのも聴くのも辛いよな、と思っていたら何とシューベルトの「楽興の時」!これがびっくりするほど良かった。あの弾きだしの瞬間は本当に明確に覚えている。不思議なものだ。

さて、その時のプログラムの7割くらいを収めたこのCD、ゆっくりと聴いてみて改めて感慨深かった。ホロヴィッツの演奏会としては、いわゆる技巧的な曲の割合は少ない。モーツァルトシューマンシューベルトなどで聴かれる独特のカンタービレこそが、最後のホロヴィッツの真髄なのだと思う。やや指のもつれはある。テンポも乱れたり、音楽的にも??という箇所は少なくない。でもそんなことはどうでも良くなってしまうくらい、ここで聴かれる音楽は感動的だ。

それにしても心臓に悪いCDだ。分かっていても何度も聴いてしまうし、分かっていてもドキドキしてしまう。